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水戸地方裁判所 昭和42年(ワ)208号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕被告等は、債務引受は要素の錯誤によつて無効である旨主張するので、この点について検討する。

<証拠>を綜合すると、大工を業とする被告吉田は昭和四二年六月一二日午前七時頃平警察署三和警察官派出所を通じて水戸警察署から、同被告の子吉田清が自動車事故を起して重態である旨の連絡を受け、直ちに当時の仕事先であつた被告松夫方に赴いて事情を述べた結果、ともに水戸市へ赴くこととなり、それより被告松夫の弟である被告忠夫の運転する自動車に乗車して水戸駅前に至り、本件事故現場を一見して同日午後零時頃水戸警察署に赴いたこと、被告吉田は同署において係官より、右事故は吉田清が自動車を運転していて起したものであることを聞いたうえその余の被告等とともに右清の入院していた渡辺整形外科医院に赴いて事故のことを尋ねたところ、同人もまた当時自ら運転していた旨言明するに至つたこと、そこで、同日午後三時頃被告等は本件事故現場たる原告会社社屋に赴き、本件事故の処理に当つていた訴外斉藤喬興及び同野口俊男と右事故によつて生じた損害の弁償について約一時間にわたつて話し合つたが、右斉藤等は原告会社の常務取締役垪和某から右事故当時自動車を運転していた者は被告吉田の子である吉田清であると聞いていたところから、右事故は清が惹起したことを当然の前提として話しを進め、被告等もまた前示の如き経緯から事故を起したのは右清であると信じて交渉した結果、本件債務引受けをなしたが、そのためその際作成した誓約書(甲第二号証)中被告吉田の氏名の上方に殊更「吉田清の父」と付記するに至つたこと、被告等はその後約一〇日位して吉田清が水戸警察署の取調べを受けた際、始めて右事故当時自動車を運転していたのは被告等とは全く未知の白木寿彦であつて吉田清でないことを知つたこと及び右清が前記の如く言明しかつ前示警察官等にそのように信ぜられるに至つたのは、右清が本件事故直後救急車によつて病院に収容された後、事故現場に残つた白木寿彦は、自動車運転免許を有しなかつたため、右現場に赴いた警察官に対し自動車を運転していた者は吉田清である旨虚偽の事実を申し向け、更に清の入院した前記医院に赴いて同人に対し同様に述べるように依頼したため、右清も右医院において警察官等に対しそのように供述したことによるものである事実を認めることができる。<証拠判断略>被告吉田は、白木寿彦の使用者であつてその余の被告等が右被告と同業者であるとする原告の主張事実を認めるのに足る証拠は全く存しない。

ところで、格別の事情も存しないのにかかわらず、債務者が何人か、その資力はどうかの点を願慮することなく、債務引受けをなすが如きことは通常考え得られないところであることに思いを致すならば、債務引受けにおいて債務者が何人であるかということは、重要な事項に属することは明らかである。しかして、前叙認定事実によれば、本件事故によつて損害賠償債務を負担するに至つたのは全く未知の白木寿彦であるのにかかわらず、被告等は、右債務者は被告吉田の子の吉田清であると信じたことにより、原告もそのことを前提として本件債務の引受契約をなしたというのであるから、本件事故に基ずく債務者が吉田清であることを不可欠の前提、換言すれば、右清が債務者でなかつたなら債務引受けをなすに至らなかつたものと認めるを相当とするから、他に格別の事情につき主張立証も存しない本件においては、本件債務引受は、要素に錯誤が存し、そのため無効なものといわなければならない。

従つて、この点に関する被告の抗弁は理由がある。(長久保武)

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